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zoom RSS 「紋 三 郎 の 秀」 子母澤 寛

<<   作成日時 : 2017/07/15 17:02   >>

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紋 三 郎 の 秀
http://www.geocities.jp/kyoketu/6856.html

著者・子母澤 寛(明治二五〜昭和四三年)。北海道生れ。
祖父は彰義隊に参加した徳川遺臣であった。大正末年、東京日日新聞の社会部に入り、『戊辰物語』をはじめ、囲みものの記事を取材執筆しているうちに幕末や遊侠の世界に目を向け、『新選組始末記』(昭和四年)、『遊侠奇談』(昭和五年)を著す。以後『勝海舟』、『父子鷹』、『弥太郎笠』、『国定忠次』など陸続と大作をものした。


1 、 や く ざ 者 の 居 合 斬 り


雪のちらちら降る日であった。
下総の行徳から木下へつづく鎌谷ケ原で、御家人風の侍二人を相手に斬合っている若い渡世人があった。斬合うというよりは、侍の振りかぶっている刀の下で、静かに脇差を抜いたと思うと、忽ち稲妻のように二人を突き伏せて、そのまま裾まわりについた雪を払うと、傍においた三度笠を小脇にかかえて、悠々と立ち去りかけた。



木下のばくち打ち魚屋の徳蔵は、ちょうど江戸からの戻りで、行徳で船から上がって、ここへめぐり合わせた。余りにやり口が見事なので、
「如何でござんす。あッしのところへ草鞋をぬいで、ゆっくりなすッちゃア下さいませんか」 
と思わず声をかけたが、その男は、中腰をかがめて、
「お言葉有難うさんでござんす。手前ちといそがしい旅でござんす、わざッと御辞退申しますでござんす」 
と、そのまま名乗りもせずにすたすたと脇道へ入ってしまった。 
年のころ二十二、三、切れの長い目で、鬢の毛が二、三本頬から口元へ―尻を端折った袷に碁盤縞の下馬がついて、きりりッとして惚れ惚れとするいい男であった。一度振返って、にっこり笑ったら、両頬に小指が入るくらいな笑窪があった。
徳蔵は家へ戻ってから、幾度もこの男の噂をした―てえした腕よ、侍の二人が友達の敵だとか何んとかいって斬りかかったんだが、最初は脇差に手もかけねえ。何かこうその斬った一件について訳をしゃべっているようだったが、どうしても侍が承知しねえんだ。生憎の雪でよ、よく聞き取れアしなかったが、話の様子で江戸の侍を三人斬ってずらかって来たのを、仲間が追っかけて来たらしいんだな。やくざの中にもあれ程腕の達者な奴がいるかと俺アただ感心して眺めていたよ―。


そんなことから一年経った秋である。大利根の流れが銀のように光って、やがて冷えびえとした冬がこの中から湧き上るようであった。川を渡って野から野へ、時々野分した。黒い手甲脚絆に草鞋、もう日が暮れるという時分に、木枯を背に、魚屋徳蔵の敷居をまたいだ旅人があった。
 「常州笠間、紋三郎の秀五郎という親分無しの渡り鳥でござんす」 
といった。それが、あの鎌谷ケ原の小粋な渡世人だったので、徳蔵もびっくりしたが、秀五郎も少し驚いたようであった。       


2 、 一 宿 一 飯 の 義 理


「御縁が深けえとでも申しやしょう、あの時お名前も承らず、また手前も申上げず、さらりとお別れ申しやしたが、今ごろこうして御厄介もンとは思いもよらねえこッてすよ」
秀五郎は、こんなことをいって、またあの深い笑窪を見せた。
「本当にな、だがおまはんの噂は、三日にあげず出ていたんだ、よく来てくんなすッた。あッしのところじゃア、実アいま猫の手一つでも借りてえ時なんだ。おまはんのような腕っぷしの立つ客人が草鞋を脱いでくれたことア、弥太、いよいよ運のつきだ」
徳蔵は、忘れなかった旅人との奇遇も奇遇だが、それよりも今自分達一家の眼の前にぶら下って悩み抜いている生命がけの縄張争いの前に、この男がひょっこりやって来てくれたことは、百万人の味方が加わったような心地がした。 
あねさんが挨拶に出る。子分達がぞろぞろ近づきに出る。酒も肴も山のように積んで、
「お客人、お客人」
と下へもおかぬもてなしであった。 
秀五郎はふと気がついて、
「さっきの弥太ッてのア?」
「何アにね、おまはんなんざア御存知はねえだろうが、取手のばくち打ちで蜜柑屋の弥太五郎という奴。あッしの縄張を狙って、実アいつ何ん時、どこからドスが降ってくるかわからねえんだ、まごまごしているよりアこっちから斬り込むのが早道だが、何しろこっちは手が足りねえ、向うには用心棒の侍が、いつも三人や四人ごろッちゃらしているんでなア」
「喧嘩ですかえ」
「うッふッふッ。あの鎌谷ケ原の様子じゃア、おまはん若けえが喧嘩は好きそうだ。殊には一旦ぬいだ作法の草鞋、おまはん、助はいやだと薄情をいう人とも思われねえ」
「…………」 
秀五郎はひどくいやな顔をした。そして、それッきり、口もきかなくなって、煙草を取出して、すぱりすぱりとすっていた。     
夜が更けてみんな寝た。秀五郎は、いつまでもいつまでも煙草をすっては考えていた。
「俺アいやだなア、どうしてこう物のわからねえ喧嘩好きばかりがいやがるんだ。俺ア喧嘩はきれえだよ」 
ひとりごとをいった。    


三 
 なるようになれというような心持で、秀五郎は、賭場べりに、ぶらぶらとくらし
ていた。 
 紅葉が次第に濃くなって、秀五郎の名は、魚屋一家のものが、ふたこと目には口にせねばならぬようなふうになった―第一男があの通りいいやな、それにばくちが箆棒にうめえ、丁と切りア丁、半と切りア半、あの人の張り方ァまるで人間業じゃアねえや、それが、いんちきでも、いかさまでもねえからもの恐ろしい話よ。常州笠間紋三郎稲荷の神主さんの倅だというが、どうもあの人にアお稲荷さんがついているぜ。あれで、江戸で、本所の悪侍と喧嘩をして、それを三人叩ッ斬った。その三人の敵討に来た二人を叩ッ斬った。しかもよ、その五人が五人ともお突き一本でおさめてしまうなんざア、わしァ気に入った!子分達が、こんな話をしていると、徳蔵はいつも叱りつけていた。
「大きな声を出すな、その侍ってのがみんな御直参でな、秀さんのからだア草の根を掘って探し歩いてるんだ。もしもよ、弥太の野郎との喧嘩の前に引っくくられでもして見ねえな、味方のためにア軍神に見放されたようなもンだ」 
魚屋一家と取手の蜜柑屋一家とのいざこざは次第に険しくなって来る。毎日竹槍の支度をした。たすきの縄は水をふき、おもだった子分は毎晩身支度をして寝泊りして、俄の斬り込みに備えたが、秀五郎は気が向くと、二日も三日も家をあけて、利根を下って、石納、佐原、時にはぶらりと成田の方へ遊びに出た。捕まったら生命のない兇状のあることも、今日にも血の雨の降りそうな喧嘩を眼の前にしていることなどは、すっかり忘れたようであった。
また冬になった。雪が降った。利根川の房丁船で川岸つづきの親分衆の賭場を遊びまわって、松韓の遊廓まで足をのばしていた秀五郎は、十日ばかりも家をあけて、いい機嫌でぶらりと木下へ帰って来た。もう日ぐれ方であった。
徳蔵の家では、雨戸をはずし土間へどんどん火を焚いて、三十ばかりの子分達は、脇差のねた刃を合せ、縄だすきに白の鉢巻、草鞋をはき、四斗樽の鏡を抜いて、手に手に竹槍をついて殺気だっていた。 
秀五郎は、これを見るとにっこりした。
「ほう大変な騒ぎだなア。御領主様が唐天竺でもお攻めなさるか」    


四 
徳蔵はもうすっかり支度をして、草鞋のまま、奥から飛び出して来た。
「紋三郎の、いいところへ戻ってくれた。昨日から八方へ人をやってお主を探していたところだ」
「遊びそびれて申し訳ありやせん。この騒ぎはこれアまたどうしたもんですえ」 
相変らず笑っていた。
「どうもこうもねえ。いよいよ弥太から喧嘩状。どうも長え間、目と鼻の間で、にらみ合っていちゃおくびが出そびれているようで気持がわるい、一つ今夜手賀沼の原で、のるかそるか、きっぱりとけりをつけようというんだ。こっちもとよりその覚悟、今夜六ツを合図に繰出すところだ」
「ハッハッハ……」 
秀五郎は大きな声で腹をかかえるようにして笑った。みんなびっくりして顔を見た。
「親分、それアつまらねえ喧嘩だ」 
「何?」
「にらみ合っていたっていいじゃねえか。四海一天血肉を分けた親子兄弟というではあるめえし、隣同士で口をきかねえところもあるさ。にらみ合うのがいやだから、喧嘩をして斬るか斬られるかしてカタをつけようなんざア、大馬鹿野郎のすることだ、あッしア喧嘩アきれえだ」
「ひ、ひ、秀さん。ちと言葉がすぎようぜ」
「どうでござんす。おまはんは何んが渡世だ。取手の弥太五郎は何が渡世だ。まさか喧嘩が渡世じゃアありますめえ。ばくち打ちが渡世でござんしょう。それとも喧嘩ですかえ」
「そ、そ、それアばくちが渡世だ」
「ばくち打ちが渡世なら、ばくち打っていれアいい、喧嘩は渡世の外だ」
「何、何んだと」
「ま、まま、あわてなさんな親分、喧嘩が渡世ならごろん棒で、あッしらアお相手ア出来ねえ。ばくち打ちがばくちを打たねえで喧嘩をしてえのなら、ごろん棒におなんなせえ」
「ひ、ひ、秀!」    


3 、 や く ざ は 博 打 で 勝 負

五                   
「とにかくあッしのいうことをお終いまできいておくんなせえ。御承知の通り、二本差しを五人も斬った、斬りましたがね、これア渡世人同士の喧嘩じゃアねえ。ばくち打ちと二本差しの喧嘩、彼奴らアたかが女のことから無法な喧嘩をあっしへ売って斬りつけた。これをうまく裁こうにも、武芸が表看板の侍と、ばくちが渡世のあッしでは裁きようがねえんで、先方様のいう通り刀と刀にばくちを打たせて、とうとうこっちへ思う目が出た。
ところで、おまはんと弥太さんは二人ともばくち打ち、何もむきになって持ち馴れねえ脇差なんぞにものを言わせるよりア、盆の上で、きっぱりと丁と半で争って勝ったほうが思う通りにしたらいいじゃアありませんか。おまはんのほしい縄張も大抵あッしにはわかっている。弥太さんのほしい縄張もまたあッしにはわかっている。とにかく、この喧嘩、もう二た時四ツ亥の刻まであッしに任せておくんなせえよ」、
「待ったらどうする」
「どうするもこうするもねえ。あッしが取手へ行って裁いてくる。もし四ツまでにあッしが帰って来なかったら、その時アあッしが冷たくなっている時だ。後のことアおまはんの勝手次第だ」


一同はただあっ気に取られて無言であった。土間の焚火が、ぱちぱちと赤い火花を散らして、天井をこがすように燃えた。秀五郎はもう外へ出ていた。雪はやんで、星が降るように瞬いていた。秀五郎は飛ぶように走った。
蜜柑屋一家はもう手賀沼の原の一本榎の下まで押出していた。ところどころに雪が真白く見えている夜の原っぱに、かがり火が十カ所も二十カ所も焚かれて、身ごしらえの若いものが、右往左往していた。利根を上る夜船の響きが時々遠くできこえた。
秀五郎と弥太五郎は、大きな焚火を中に向い合って立っていた。弥太は結城紬の広口の綿入に、たすきをして、その上に合羽を羽織って足ごしらえを厳重にして刀の柄に手をかけていた。秀の周囲には、弥太の身内がずらりッと立って、一とことでもいいそびれたら、抜打ちにしようというのである。
「どうでござんす。当時徳蔵どん厄介もの、わざもねえ旅烏でござんすが、斬った張ったでは、斬っても斬られてもつまらねえ。ばくち打ちはばくち打ちらしく一つ思い切って大きく縄張をかけて盆の上の負け目勝ち目で埒を開けようではござんせんか。ばくち打ちが、ばくちを外に御武家様の真似ごとらしく、脇差をひねくり廻すなんざア、うすみっともねえことでござんすよ。如何さんでござんす、弥太五郎親分。後ともいわず、いまここで」 
「ここで?……して徳蔵から誰が来る」 
「誰が来るもねえ、来てまさアな。一宿一飯の義理によって、この秀五郎がお相手に廻りやしょう」
「おまはんが?」          
「へえ木下の魚屋徳蔵の名代方ア承知をうけてやって来やした」
「ようし」
「え? 清く承知をしてくんなすったか、有難え有難え。これで無駄な人死が出来ずにすんだ」
「じゃアこう定めよう。俺が負けたら俺の縄張はみんなそっちへやる、その代り勝ったら……」
「勝ったら?」         
「縄張とともに徳の生命をもらうぜ」
「はッはッはッ……」  
秀は静かに笑っていった。         
「それア片手落ちの約定でござんすよ。生命のやり取りなんざア野暮ってえが、親分が徳蔵の縄張と生命を御所望なら、親分が負けた時アやっぱりその通りに縄張と生命をあッしに渡しておくんなさい。だが、どうです親分、生命のほうはやめましょうよ」
「よ、よ、ようし。生命はまた後の話にしよう」
「ああ、有難え有難え。よくわかっておくんなさる。じゃ、ばくち打ちはあくまで
ばくちで―話はそれッ切り、後にいざこざのねえように」 
「御念にゃおよばねえ」、
「ところで、親分が盆にお坐んなせえますけえ」 
弥太五郎はしばらく黙っていた。子分達も黙っていた。その子分を押分けて、ひょこひょこと出て来た男がある。                           
「親分、あッしがその秀さんとやらの壺をお引きしましょう」 
片眼であった。そして刀傷が鼻を半分に割って、唇を裂いて、そこから牙のように歯が出て、猫背の三尺ぐらいの小男であった。 
「猫伝か?うむ―よし、てめえならい」 
弥太五郎の言葉をきいて、猫の伝九郎は、ヒッヒッヒッと泣くような声で気味悪く笑った。    


六     
やがて、野天へ茣蓙を敷いて、今まで冷酒を飲んでいた、五郎八茶碗を壺皿に、秀五郎と弥太は脇差を左膝の下に敷いて相対してあぐらをかいた。壺は猪伝がふる。近くへ山のように火を焚いた。昼のように明るかった。猫伝はこの寒さもおぼえぬように、くるくると着物をぬぐと、腹から乳の辺りまで巻いた真白い木綿、真ッ裸で盆へ坐った。奇怪極まる格好であった。秀五郎は役者のような顔の眉をあげて、凛然たる声でいった。
「ばくち打ちが縄張をかけた前代未聞の丁半ばくち、勝っても負けても一番勝負、互に苦情をいいッこなしですぜ」
「よし」 
甲高い声で弥太がすぐに答えた。
「丁と張った!
「半だ!」 弥太の声。一同ぐッと気合をのんだ。秀の目も、弥太の目も、猫伝の目も、五十人に余る弥太五郎一家子分の目も、ただ壷皿の上へ凍るように集まった。
弥太はにたりと気味悪く笑った。
「勝負!」 
猫伝は壺前へにじりよって声をかけて壺をひこうとした。秀五郎は叫んだ。
「いけねえ、壷に寄るねえ、百姓相手のいかさまとア訳が違う、秀五郎の目ァ節穴でねえぜ」
「え!」 
猫のひるむ声とともに、さてはと思った身内のものが、すッと脇差の鯉口を切る音がした。
「はッはッはッ―といわれても、お気持がよくアありませんや、ね兄イ、一つ壺の方ァお立ちなすっておひき下せえな。―何だなんだ!若けえの。脇差の鯉口を切ってどうするんでえ。刀嫌えの紋三郎の秀が買って出て来たさいころ勝負だ、静かにしねえか、みっともねえぞ。ねえ、親分」 
猫伝の奇怪な唇がかすかにふるえている。
「さ、お立ちなすって」 
猫はしぶしぶ立った。そして中腰になって、ちらりと弥太を見下ろしながら、
「勝負!」 
さッと壺を引いた。出た! 出た!秀の張った丁目だった。
「はッはッはッ……親分いけねえや、お前さんの負けだ。これア気の毒もんだったなア」
「うーむ」
弥太は息をのんだ。 猫伝も子分達も息をのんだ。そしてそれと同時に、ぞくぞくと殺気のたぎり立つのが秀五郎にはすぐにわかった。
「秀!」 
弥太五郎は叫びながら膝を立てた。
「勝負はあった!テラをおいてけ!」
「テラだ? 縄張を賭けた大ばくちのテラには何んがいいんだ」
「て、て、てめえの生命だ!」
弥太が、脇差の柄に手をかけたようだった。猫伝も子分連も、一足退がって身構えた。そして同時に全くその一瞬間の出来ごとと同時に、秀五郎の身体も少し動いて、何かしら手元できらりと白いものが閃いたようであった。

4 、 親 分 を 斬 っ た ! そ の 訳
    
七 
秀五郎は裾をはたいて静かに立ち上った。もう膝の下にあった脇差は腰に納まっていた。      
「勝負までア生粋のばくち打ちよ。それが済んでの刃物いじりは外道だぜ。おい、弥太、俺アな、渡世の上じゃ刀をぬかねえ。だがよ、渡世を一足踏み出して渡世逃れの人間と人間との喧嘩なら、いつでも相手の好きなようにしてやるんだ。手前も最後まで、まざり気なしのばくち打ちでいれア、生命に別条アなかったによ」
弥太五郎親分の真額から鼻がしら、それから顎から喉へかけて、縦に真紅な太い線が、次第にはっきりわかって来た。そして、そのまま前へばたりッと倒れると、俄にどくどくと虫がはうように血が茣蓙の上へ溢れ出て来た。      


秀五郎は、辺りを見廻して、
「つまらねえ居合の見世物でお騒がせしたなア、猫伝さんとやら、いいか、ここの縄張は、たしかにばくち打ちの秀五郎が木下の徳蔵の名代としてそっくり貰ったぜ。だが、弥太の生命を貰ったのアばくち打ちの俺じアねえ。これア渡世上の争いではねえから、そこんとこのけじめはよッくつけといてくれろよ、はッはッはッ―。あばよ」
秀の頬には、また深々といつもの笑窪があいている。
(昭和六年、小説サンデー毎日一月号)

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「「紋 三 郎 の 秀」 子母澤 寛」について
「「紋 三 郎 の 秀」 子母澤 寛」について 助五郎は役人と結び付いたばくち打ちには許されない悪役になっているが、吉良の殿様のように地域住民には地域開発に功績があり評判は悪くない。  座頭市物語の碑は元国民宿舎いいおか荘の場所、現在は民間が営業する潮騒ホテルの15日から営業するプールの前に立っている。なかなか読みごたえがあった。 ちなみに座頭市物語を読んで似たような流れで見つけた小説 「紋三郎の秀」これはなかなか感動モノでした。 http://www.geocities.jp/k... ...続きを見る
反戦平和を偽装し暴力的な運動=護憲=日本...
2017/07/18 09:37

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